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お笑い業界の流れ

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漫才ブームからの歴史を振り返る 観客は正直な意見をぶつけるべき
お笑い芸人は息が長い 売れる芸人の共通点は何か?
芸人は初心を忘れずに! 関東人と関西人で「笑いの才能」に違いはあるか?


    



漫才ブームからの歴史を振り返る

Check!!
私は、小さい頃に漫才ブームを見て育ったので、非常に思い入れが強いですね〜。
この頃は、言葉のスピードなど全体的にテンポの速い漫才が多く、その勢いが本当に衝撃的でした。(笑)

「俺たちひょうきん族」も、よく話題になりましたね。現在はDVDも出てますので、彼らのなつかしいコントが観たい方は、ご覧になってはいかがでしょうか?(笑)
今では見られない『ビートたけし』&『明石家さんま』の絡みも楽しめます。

    
オレたちひょうきん族 THE DVD...

 昔から、日本にはお笑い演芸が数多く存在していました。しかし、そんな中1980年代に突如まき起こった漫才ブーム。それまでに類をみない空前絶後の大ブームを引き起こし、まさに子供から老人まで漫才、漫才の日々だったのです。ブーム絶頂期には、2万人の観客で武道館を埋めつくすほどの勢いをみせ、一介の漫才師が、今でいうトップアイドルグループか、それ以上の待遇を受けていました。そのため、その時期に活躍した芸人たちの中には、億万長者の夢を果たした者も多く存在し、まさにかつてない「お笑い黄金期」といえる時代だったのです。
 この時期には、一世を風靡した『横山やすし、西川きよし』のコンビを始め、『ザ・ぼんち』、『B&B』、『太平サブロー・シロー』、『西川のりお、上方よしお』、『島田神助、松本竜介』、『コント・レオナルド』、『オール阪神・巨人』、『宮川大助・花子』など、数多くの芸人が活躍しました。
 そして驚くべきことは、そのレベルの高さです。当時のVTRなどを見ても、まったく遜色がないばかりか、その圧倒的なパワーは「現代お笑いにはないものを持っている」といえます。
 また、この時期は「音楽を伴う演芸」も多かったのも特徴です。音楽はそれ自体がすでにノリを持っていて、誰でも引きつけられるものです。そのため昔の漫才師は楽器を持ち、歌や踊りで客を魅了することが少なくなかったのです。(コミックバンドも多く存在しました)テーマ曲となる音楽を自ら奏で、颯爽と登場すれば、それだけで場を盛り上げる掴みになったのです。ネタも曲に合わせながら披露し、普通の漫才とは違った面白さがありました。しゃべりだけの漫才もいいですが、こういったスタイルも個人的には好きだったため、近年少なくなってきたのは残念に思いますね。(近年では『テツ and トモ』や『はなわ』が、このスタイルで披露してますが…)

 その後、しばらくしてブームも落ち着くと、お笑い界は安定期に入ります。
『ウッチャンナンチャン』、『ダウンタウン』、『B21スペシャル』など、新しいタイプの漫才やコントが生まれ、基礎がしっかりとしたその芸は、お笑いを一般の茶の間に多く普及させ、しっかりと市民権を獲得していきました。この時期に、お笑いの多様化が進んだといえるでしょう。吉本興行が「NSC(お笑い養成スクール)」(『ダウンタウン』や『ナインティナイン』など、多くの芸人を輩出している)を開校したことも、大きな影響を与えています。

 その後も、当時の偉業を引き継ぎ、『爆笑問題』、『ネプチューン』、『雨上がり決死隊』なども、数多くの番組で活躍しています。そして現在、新たなブームにより『2丁拳銃』、『品川庄司』、『キングコング』、『ますだおかだ』、『フットボールアワー』、『いつもここから』、『おぎやはぎ』、『ハリガネロック』なども、どんどんと活躍しています。(結成年は古いグループもいますが、ここではブレイクした時期を考慮し、記載しました)

※1
光を伝送する細い繊維のことで、主に通信、医療分野で使われています。
インターネットなら、ISDN、ADSL以上の超高速通信が可能で、現在も急速に普及が進んでいます。

 今では、多くの芸人たちの活躍によって、番組の司会はもちろん、ドラマや歌の世界にも芸人の活躍の場は広がってきました。それにより、TV番組の中で芸人の占める割合は、昔では考えられないほどになっているのです。
 2002年秋には、若手お笑い専門の季刊誌「お笑いタイフーンJAPAN」(エンターブレイン社)も登場しました。
 また、各会社で「光ファイバー(※1)を利用したインターネットで、各家庭にお笑いを配信する」という、次世代のエンターテイメントも企画されています。今後、光ファイバーは日本のTV事情を大きく変えるものになるでしょう。光ファイバーを使うと、インタラクティブ性(双方向性)を持ったTV番組が可能になるため、たとえば「芸人のボケに視聴者が突っ込む」などの企画も可能になります。(笑) もちろん、それに伴いお笑いも今まで以上に新しい形態が増えていくと予想されます。
 21世紀になった現在、これからどんなお笑いが見られるのか非常に楽しみでいます。そして今後も、お笑い文化はずっと進化し続けていくことでしょう…。(^_^) 

 

お笑い芸人は息が長い

 現在「お笑い」といえば、多くの人はTVのバラエティー番組やトーク番組などを思い浮かべると思いますが、昔からTVに限らず、舞台、映画、ラジオでもお笑い作品はつくられてきました。厳密にいえば、文章、詩、音楽、美術作品といったものにまで、いわゆるユーモア感覚はとり入れられているわけです。当サイトではそのような細かい概念までは触れていませんが、単純にお笑いといっても、その方向性は多種多用あるのです。

※1
業界用語では「ラ・テ欄」という。ラジオ・テレビ欄の意味。
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※2
PM7:00 〜 10:00の放送枠のことで、最も視聴率がとれる時間帯。

 日本は、お笑いという特化した文化を持つ国でもあります。もちろん他国にもいわゆるユーモア精神をとり入れた文化は存在していますが、ここまで一般生活に浸透し、さらに落語や漫才のように「客を笑わせることだけが目的」という商売が、日常的に行われている国はほとんどありません。
 現在でも新聞のTV覧(※1)を見れば、ゴールデンタイム(※2)には、お笑い色の強いバラエティー番組が数多く並んでいます。それだけでも一番安定して視聴率がとれるのは、お笑い番組ということがうかがえます。

 本題に入りましょう。芸人は、同じ芸能人の中でも俳優や歌手といった人たちより、ランク的に低く見られる傾向があります。(まぁ芸人は低く見られてなんぼなのですが…(笑)) 昔から、芸人は「自分が馬鹿になって相手を楽しませる」という設定が多かったため、それがそのまま「知的ではない」と感じられ、低い評価しか得られていません。しかし、純粋に話のみで笑いをとるのは、知的で技術が伴わなければできないことなのです。そして実際フタを開けて見れば、俳優や歌手は一時的に売れて活躍するものの、悲しいかな大半の人は、時代の波に流されて消えていく運命にあります。
 逆に芸人は、あるていど名前が売れてしまえば、後はわりと安定して長く活動をすることができます。こういっては失礼ですが、大して実力がなくても息が長くなる可能性が高いのです。これは近年、バラエティー番組が増えたことも大きいでしょう。
 また、お笑いが世間一般(とくに女性)に認められてきたこともあるでしょう。現在は「芸人は芸人のままでいいじゃないか」と、素直な視点で評価されている傾向があります。「芸人なんだから多少ビジュアルが悪くても仕方がない。むしろ格好ばかりの人より、面白いことをいって楽しませてくれる人の方がいい」という人が増えてきたのです。

 毎年恒例の「芸能人・好感度アンケート調査」の上位には、芸人の名前が数多く並んでいますが、これもそういった影響が大きいでしょう。「好きな男性の性格」にいたっては、「ユーモアセンスのある人」「話の面白い人」といった意見も、多く聞かれるようになりました。このため「バラエティー= 芸能界で安定」という図式が成り立ち、多くの俳優、歌手、はたまたスポーツ選手といった人たちが積極的にバラエティー番組に進出し、活動を行っているのが現状です。
 もともと硬いイメージのあった俳優が、「バラエティー番組にでたら性格の明るさが表面化し、今まで以上に人気がでた」なんてのはよくある話です。さらにドジな出来事を話せば、「あの俳優でもそんなことするんだ」と笑いが生まれます。基本的に、人は他人の失敗を面白いと感じるので、そういった話題には親近感を覚え、その人に魅力を感じるようになるのです。

 現在、芸人の活躍の場はどんどん広がってきています。とくに番組の司会進行は、アナウンサー以外では、大抵芸人の役目になります。これは司会の最低条件として、「内容を正確に分かりやすく伝える」のは当然のこと、場の雰囲気やノリを良くするために「アドリブで面白いことをいえる技術」が必要なため、必然的に芸人が選ばれるのです。それは何だかんだいいつつも、世間は笑いを求ている証拠でもあります。
 もし仮に、TV番組がお笑い要素のないものばかりだったらどうでしょう?いわずもがな、まったく面白味のないものになってしまうのです。

 

芸人は初心を忘れずに!

 M−1グランプリ開催以降、バトル形式のお笑い番組が増えてきました。ただ現在は、1980年代の漫才ブームのような一時的な熱狂的ブームではなく、広くバラエティー番組が進出したという意味では「慢性的お笑いブームが続いている」といえるのではないでしょうか。これは業界にとっても、1人の人間としても喜ばしいことですが、ただ同時にデメリットもなくはないのです。それは、どんな業界でもそうですが「市場が大きくなれば、それだけ粗悪品もでてくる」ということです。
「お笑い業界 = 売れる」と分かると、実力のない芸能人が次々とお笑い業界に参入してきます。実際に番組の裏側では、「実験的に、デビューして間もないタレントや、売れないタレントを現場にだす」ということが日常的に行われています。プロダクション側としても、タレントの成長や救済処置として必要なことだし、あるていどは仕方のないことでしょう。
 しかし、「完全なお笑い番組なのに、お笑いとまったく関係ないタレントや演出シーンが、やけに多い」など、露骨に番組の意図と合わないことをしようとすると、全体の質が低下することも事実です。

※1
昭和55年4月 〜 昭和61年9月まで、毎週土曜の正午に放映された、お笑い勝ち抜き番組。
『ウッチャンナンチャン』、『とんねるず』、『コロッケ』など、多くの有名人を輩出している。

 今でこそお笑い番組が復活してきましたが、ちょっと前までは往年の名番組『お笑いスター誕生』(※1)のような、純粋に漫才やコントを行う専門番組がまったくないといっていい状況でした。深夜番組などで行っていたとしても、多くの芸人はある程度売れてしまうと、バラエティー番組を無難にこなすだけになってしまいます。
 しかし、まだ成長途中の芸人が演芸をしなくなると、自分の技能を表現できる場がなくなります。そうかといって、フリートークを巧みにこなす技術は持っていないため、今度は仕方がないので「裸になって暴れる」といった低俗なパフォーマンスに進んでいきます。
 もちろん、番組的には、「パフォーマンス芸人」「リアクション芸人」も、ポジションとして必要ではあります。昔ならいざしらず、現在のお笑い界では場の盛り上げ役として、そういった芸人の存在は欠かせなくなっているのも認知しています。ただそれも程度問題であって、露骨すぎる下ネタなどは人に不快感を与えるので、やはり良くありません。

 昔は、お笑いといえば劇場などの舞台がメインで、「キャバレー回り」(舞台やダンスホールのある酒場での営業)も多かったのです。厳しいですが、それだけにやりがいのある場であり、芸人たちはそこで日々、切瑳琢磨していったのです。そして、会場中の観客をどっと笑いの渦に巻き込んだ瞬間などは、何ともいえない快感があり、それは舞台ならではの楽しさ、喜びではないでしょうか。そういう理由もあって、むしろ「テレビよりも舞台の方が好きだ」という芸人も少なくありません。
 どんな環境でも自分自身で考え努力し、精神的に伸びていければいいのですが、ただ最近はあまりそういう情熱のある人は少なく、「芸人」というブランドイメージ、表面上の輝きに憧れて、かん違いしてでてくる人も少なくないのです。
 しかし、実際はどんな芸であっても、人知れず何度となく猛練習を繰り返した結果、ようやく人に見せられるような芸に高めているのです。若手芸人、そしてこれから芸人を目指そうと思っている人たちは、そういう部分をもっと知ってほしいですね。
 ちなみに、これは若手芸人に限らず、ベテラン芸人にもいえることです。とくに自分の存在が大きくなってくると、自分と違う意見の人間との接触を嫌い、自分を肯定してくれる人間や、自分よりも立場の弱い後輩たちとの輪を築こうとします。ただ、そういった「ぬるま湯」にばかり浸かっていると、いくら才能がある芸人でも技術はサビついてくるのです。
 特定の輪の中だけで生活していれば、発想も貧弱になり、つまらないことをいっても周りはチヤホヤしてくれます。そんな環境では技術が伸びないのは当前のことです。実際、折角の才能を台無しにしている芸人が多くいるのは、非常に残念に思います。そのため、自分たちだけの世界に浸らず、もっともっと違う世界にとび込むことも大切なのです。時には反対意見をいわれることもあるでしょう。しかし、そうした環境からは向上心も生まれ、自分とは異なる新しい刺激に出会うことで、発想が豊かになり、技術も磨かれるのです。(^_^)

※2
ただ人間は、毒を持っている方が個性が感じられ、評価される傾向があります。とくに芸能界ではそれが顕著に表れるため、自信満々に、自ら「天才だ!」などと公言することで、それがそのまま良い評価になるケースが少なくありません。(^_^;)
「天才!」「10年に1人の逸材!」などと、大きく煽って大衆の興味を引く、マスコミ的手法の影響もあります。

 故・『東八郎』(現在、息子が『Take2』のコンビで活躍中)は、こういっていました…。
「芸人は文化人を気取ってはいけない。馬鹿に成りきらなければならない」
 まさに同感です。なぜなら、変な見栄やプライドは人間として醜い感情で、話を聞く者に不快感を与えます。それは笑いの感情とは逆行するもので、芸人にとっては邪魔なものなのです。(重要!) 売れた芸人の中には、高いプライドを持った人も少なくないですが、そういう人のネタは、はっきりいって面白くありません。どんなに良いネタ、優れた発想であったとしても、大きい態度でいわれては白けてしまうのです。(^_^;)
 見栄っぱりな芸人は、「このネタで笑わないのは客のレベルが低いからだ」と、言い訳をします。確かに、聞く側にもユーモアセンスがなければ面白味は伝わらず、笑いは起こりません。これは事実ではあります。
 しかし、そういった相手でも面白いと思うように工夫して話すのが技術なのです。私からいわせてもらえば、それを知らないで天狗になっている芸人は、とても一流とは呼べないのです。(※2)その場合、大抵は本人だけが面白いと思っていて、周りは白けているのに気付いていないのです。人の心を把握するのが必須の職業なのに、周りが見えなくなっては芸人として失格ではないでしょうか。
 お笑いも仕事ですから、仕事に対してある程度のプライドを持つことはかまわないと思います。しかし、それは自分の心の中に閉まっておけばいいだけで、表にだした時点で「自分の魅力をなくし、ネタを台無しにする」ということを、芸人は頭に入れておいてほしいですね。
 自分の才能を認め、自信を持つことはかまいませんが、謙虚に努力する姿勢がなければ、技術は伸びません。初心を忘れず技術を磨き、もっともっと多くの人たちを笑わせてほしい。そう節に願う次第です。

 

観客は正直な意見をぶつけるべき

 現在の業界の問題として、「将来をしょって立つ芸人の人材不足」が挙げられます。
 もちろん、有望な若手芸人も増えてきていますが、トーク番組の司会ができるくらいの芸人となると、まだまだ少ないのではないでしょうか。現に今、業界の一線で活躍している、誰もが一流と認める芸人たちの多くは、昔から名のある大御所と呼ばれる人たちばかりです。確かに長年の経験があるからこそ、そういう目で見られている部分もあるでしょうが、単純にしゃべりの技術だけを比較しても、若手芸人よりも、まだまだベテラン芸人の方に分があるように思います。

 しかし、質の低下の原因は、なにも芸人だけにあるのではありません。どんなに質の悪い番組、どんなにつまらないネタでも、評価してしまう観客(視聴者)がいることが1番の問題といえるのです。(要注意!) 視聴者がしっかりとした意見をいえないために、芸人は慢心し、制作側は「視聴者が求めるような番組をつくらざるえない」というのが現状です。(スポンサーとの折り合いや、制作費などの問題も多々あるのですが、それはまた後の項目で話をします)
 昔はライブなどを行えば、観客の正直な反応というものが見れました。舞台にでて漫才をし、面白ければ声援が飛んできますが、逆につまらなければ罵声を浴びせられました。そういったダイレクトに観客の声が届く時代でしたので、芸人も少しでも腕を磨こうと切瑳琢磨したのです。

 しかし、現在は違います。つまらない芸人でも、観客はチヤホヤする時代です。そういう環境にいると芸人は、「客なんてこんなもんだ」、「笑わせることなんて簡単だ」と思うようになり、向上心もなくなり、技術も伸びないのです。近年、芸人がアイドル的存在になり、自然と熱狂的ファンがつくようになってきたのも原因の1つです。もちろん、芸能界とはそういった一部のファンのお陰で成り立っている部分も大きいので、すべてが悪いとはいいません。
 ただ問題なのは、そのファン心理なのです。その考えは、極端なことをいってしまえば「その人がすべて。話す内容なんてどうでもいい。それこそ立っているだけでいい」という妄信的なものが多いため、ネタを純粋に評価することはしません。その人が話すだけで、何をいっても笑ってしまうのです。どんなにつまらないことをいっても笑ってくれる。これほど楽なお客はいません。だからこそ業界では、数字を持っているタレント(業界用語で、その人が映っているだけで視聴率がとれるタレントのこと)を使うのです。

 どうしても、日本人は「仲間外れのような気がするから皆の真似をする」という思考が強いように思います。そのため、多少つまらない芸人でも「周りが良いといってるから、とりあえず自分もチヤホヤしておこう」とするのです。しかしそうではなく、視聴者はきちんと自分の考えで「面白い」「面白くない」を判断すべきだと思います。
 これは何事もそうなのですが、自分にとってどんなに好きなものであっても、本当に好きなら肯定的な意見だけでなく、正直に否定的な意見もいえなくてはいけません。わけもなく褒めたとしても、周りが見えていない意見は説得力を持ちません。
 たとえ流行りであっても、どんなに話題の芸人であっても、つまらないときは「今のはつまらなかった!」と、はっきりといってあげることが、その芸人のためになることです。仮にあなたの大事な友人が、悪い方向へ進んでいたとしたら、あなたは厳しい意見をいってでも、その友人を正しい道に戻そうとするはずです。それは相手に対して愛があるからこその行動です。ですから、本当にその芸人が好きなのなら、愛のある厳しい意見も大事だということを知っておいてほしいのです。

 

売れる芸人の共通点は何か?

「売れる芸人になりたい!」
 これはプロを目指す芸人、またはプロの芸人でもトップを目指す人にとっては、誰もが思っている最大の難題です。様々な芸の勉強をしても、なかなかうまくいかない。そんな人も多いと思います。(もちろん、「良い番組に恵まれる」など、運の要素も大きく絡んできますが…(^_^;))
 しかし、現在一流と呼ばれている芸人たちには皆、共通点があります。それは、「独特の個性を持ちながらも、一般受けする会話ができる人」ということです。芸能界で生きていくためには、当然、他人にはない個性が必要です。しかし、個性だけでは多くの人の支持を得られず、結果的に売れません。
 ここで皆さんが、一流芸人になれる素質があるか、簡単なテストをしてみましょう。

●あなたは格闘技が大好きです。そして、やはり格闘技が大好きなAとB、格闘技にはあまり興味がないC、計4人のメンバーがいます。あなたとA、Bは当然、格闘技の話題で盛り上がり、楽しくなってきました。ただし、興味のないCは、「よく分からないな〜」という顔をしています。

 ここで質問です。この後、あなたは次のうちどちらの行動をとりますか?

 1.さらに場を盛り上げるため、A、Bと共に好きな格闘技の話を続ける。
 2.Cを参加させるために、Cも楽しめるような新しい話題を振る。


(…考え中♪)

 正解の発表です。
 一流の芸人になれる可能性が高い人は、「2」を選んだ人です!
(※あくまで単純なテストで、またちょっと引っ掛けも入っているので、1を選んだ人もまったく気にしないで下さい。(^_^;))

 これは、会話上手な人はお分かりでしょうが、フリートークで場を盛り上げる場合は、その場にいるすべての人を楽しませるような精神を持っていなければなりません。会話術の基本ですが、自分の好きな話題をして盛り上がっているだけでは、周りを楽しませるような会話はできないのです。
 この場合なら、A、Bだけでなく、Cも楽しませるために、自ら進んでCが参加しやすいような話題に変えてあげる必要があります。(ただし、「せっかく盛り上がってるのに話題を変えたくない」という場合は、Cにも分かるように簡単な説明を入れながら、続けるのならかまいません)
 要は、「場のすべての人を楽しませるような心構えがあるか?」が問題です。(重要!)

※1
多くの人が出演するトーク番組では、司会者はすべての人に声をかけ、話下手な人でも楽しめる環境をつくっています。
私たちの日常会話でも同じですが、話に参加していない人がいたら「参加してこないから話さない」ではなく、「参加できるように話を振ってあげる」のが大切です。
そういった気遣いができると、好感度は確実にUP!しますよ。

 よくある失敗ですが、話下手な人は自分中心に会話をするため、例えば女性の前でも下ネタや、女性がまったく興味を示さないような話を平気でします。そのため、自分と同じ趣味や考えの人からは支持されても、そうでない人には「話づらい人」「嫌な人」といったイメージを持たれ、結果的に一般受けされないのです。
 世の中に個性のある人はたくさんいます。しかし、個性を前面に押しだすだけでは、一部のマニアに受けるだけで、多くの支持は得られません。

 現在、一流と呼ばれている芸人は、常に周りに気をくばり、あまり話に参加していない人がいれば声をかけてあげたり、相手の反応によって話題を変えるなど、TPOを考えられる人です。(※1)
 このような人は、演芸も一般受けするようなネタの構成をします。一般受けするということは、多くの人を楽しませることができている証拠でもあります。さらに、そこに個性が加わることで魅力が倍増し、一気に売れるのです!
 つまり個性とは、一般受けできる部分があって始めて効果がでるもので、個性単体だけでは大きな支持は得られません。もちろん、逆に一般受けだけでも、インパクトが弱く充分ではありません。一流を目指すなら、それを両立させるのが大事です!

 結論。
 売れる芸人…。それは、一般受けする会話の技術を持ちながらも、自分の個性を上手く表現できる人です!(^_^)

 

関東人と関西人で「笑いの才能」に違いはあるか?

 芸人の中には、関東人もいれば関西人もいます。日常でも議題になりますが、「関東の人間にお笑いは分からない」「関西こそ本当は分かっていない」など、何かと対立的な意見を聞くことがあります。そこで、よくとり挙げられる「関東人と関西人の、お笑いに対する姿勢や文化の違い」について解説しましょう。
 結論からいってしまうと、総合的にみても、どちらかが優れているという差はほとんどありません。どちらにも、良い部分と悪い部分があるため、双方の良い部分を取り入れることが一番良いのです。
 では具体的にどういった違いがあるのか。日常的な行動の中から、両者の違いを検証してみましょう。
 例えば、私たちが床屋(又は美容院)に行って頭を洗ってもらうと、店員は必ず「どこか、かゆいところはないですか?」と聞いてきます。このとき関東人は、かゆいところがあっても、大抵「別にないです」と答えるでしょう。それは「いうのが恥ずかしい」「相手に手間をかけさせるのが悪い」などの思いがあるからです。
 逆に関西人は、正直にかゆいところを説明するし、人によっては「足がかゆい」などの冗談をいったりもします。それは「サービスとして聞いているのだから、それを素直に受けないのは損」「冗談1つで、誰とでも和気藹々と時間を過ごせる」という考えからです。
 関東人から見れば、関西人の行動は「ずうずうしい」とも捕れるだろうし、逆に関西人から見れば、関東人の行動は「気取っている」とも捕れます。しかし、この考え方の違いについては、どちらも悪い考えではありません。

 [関東人の考え]

「恥ずかしい」という気持ちは、別に気取っているわけでも演技しているわけでもありません。単純に気質の違いなのですが、そういう謙虚な姿勢は奥ゆかしさを感じさせ、ある種の人間的魅力を感じさせます。
 また「相手に手間をかけさせるのが悪い」というのは、相手のことを気遣う気持ちの表れなので、そういう考えを持つことは非常に大事なことです。

 [関西人の考え]

 お客としてお金を払っている以上、サービスをしてもらうのは当前だし、店員も注文されたからといって別に嫌な気分になるわけではありません。むしろ、冗談で楽しい時間を過ごせるのは良いことでしょう。

 関東人のように相手を気遣うのも、関西人のように冗談をいうのも、どちらもコミュニケーション手段の1つであり、同時に欠かせない要素なのです。つまり、双方とも単に方法論の違いだけであって、コミュケーションとしてやっていること自体は、あまり変わりがありません。そのため「どちらの考えが良いか?」ではなく、「どちらの考えも必要」なのです。(重要!)
 ただ、1つ注意点を挙げるなら「どちらの考えもバランス良く持つ」ということです。何事も偏りすぎては逆効果になるので、あくまで度をすぎないようにすることが大事です。


 では、単純に[どちらがお笑いという概念が根付いているか?]

 基礎的な部分だけを見れば、やはり関西に分があります。仮に先ほどの例で、関東で「足がかゆい」といおうものなら、変人に見られる可能性だってあるでしょう。ただ、それは別にお笑いの能力が低いわけではなく、単純にお笑いという環境に慣れ親しんでいないだけなのです。関西は、一般的にもお笑いが広く浸透し、笑いの下地がきちんとできている状態です。
 関東はそういう環境ではないので、あまり面識のない人に対して下手に冗談をいうと、慣れていないぶん、びっくりされてしまうことがあります。冗談をいわれた側は反応に困り、そのまま気まずい沈黙が流れることも少なくありません。相手も悪気はないのですが、そういう反応がないことが、時に「関東人は冷たい」と誤解されやすかったりします。
 ただ、逆に関西人の悪い部分もあります。それは「下ネタが多い」ことです。なぜ下ネタが悪いかは、ネタの章で詳しく述べるため省略しますが、少なくとも不特定多数の人が視聴する場では問題があると思います。

 次に、純粋に[お笑いの技術を比べた場合はどうか?]

 これは地域的問題よりも、個人的な能力が大きく関わってきます。
 ぶっちゃけた話をすれば、関東に住んでいても面白い人はたくさんいます。逆に関西に住んでいても、つまらないことしかいえない人はたくさんいます。確かに、地域的環境も多少影響はありますが、それ以上に家庭や友人といった、個人的な環境が大きく影響してくるのです。根本的なことをいえば、お笑いとは「その人が脳で考えたことを、言葉や行動で表したものの1つ」なので、その人の考え方、性格が大きく影響し、個人差があるわけです。
 お笑いの一般への浸透は、関西の方が下地ができているし、何かと有利に働く場合が多いですが、同時にそれが却って悪く働く場合もあります。関西は、「お笑いのメッカ」といわれます。それだけに、お笑いに対して自信を持っているでしょう。ただそれもいきすぎると、単なる見栄やプライドになり、「私は関西人だから、お笑いについては関東の人間なんかよりも分かっている」と、いうようになってきます。何事にも、ある程度の自信とプライドを持つことは大事です。しかし、度を過ぎると頭の固い、狭い考えしかできなくなってしまうのです。(要注意!)
 お笑いとは、基本的に脳の考えの表れの一部です。変な自信やプライドで身を固め、狭い考えしかできない人は、柔軟な発想ができないため、新しい笑いを生みだすことができません。そのため、関西人の中には「こうでなくてはお笑いではない」とか、「こういうボケにはこういう突っ込みをすべきだ」という固定観念にとらわれ、いわゆるコテコテの「基本に乗ったスタンダードなお笑い」しかできない人が少なくないのです。
 そういう意味では、変な固定観念をもっていないぶん、関東人の方が新しい笑いを生みだす柔軟性はあるといえるでしょう。

 結論。両者に総合的な差はありません。どちらも一長一短あるので、双方の良い部分をとり入れていくのが理想です。
関東人は、もっと関西人のようにお笑いに馴染み慣れること。
関西人は、なるべく見栄やプライドは捨てて柔軟な考えを持つこと。
 そうすることで、一人一人のお笑い技術も確実に向上していくはずです……。(^_^)


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