Comedy
Comedy
Comedy

演技力・表現力

 ←トップページ

  →ユーモアセンス   →知識   →発想力   →捻り(ひねり)

表情でリラックスムードを演出しよう! アドリブを使えれば会話の達人!
言葉のスピードを考えて雰囲気づくりをする! お客のニーズに答えるのがプロだ!
役の意味を考えて不自然さをなくす!


    



表情でリラックスムードを演出しよう!

 人を笑わせるには、ネタの内容もさることながら、それをいかに上手に表現するかも大事です。とくに演芸では「いかにその役に成りきり演じるか」にかかってくるため、自然な展開が必要なのです。日常会話もそうですが、話し方というのは人それぞれあって、目線、仕草、表情、言葉使い、言葉のトーン、しゃべる頻度なども違います。それによって相手に与えるイメージが変わるわけですが、ここではその中の表情に絞って考えてみましょう。

 漫才師の表情を注意深く見ていると、舞台袖から登場するときや、話の内容を客に解説しているときなどを中心に、数多くの笑顔を見ることができます。(実際は、演技の場合がほとんどですが…。また役柄上、常に無表情の場合もありますが、ここでは演芸という広い枠で捉えて下さい)
 ただ演芸は、舞台では観客とは常に一発勝負。決して失敗は許されないし、満足させなければいけません。そのプレッシャーは想像以上に大きく、同じことを何十年と繰り返してきたベテラン芸人でさえ、毎回緊張してしまうほどなのです。(驚きですが…)それは「自分にとっては同じことの繰り返しでも、今日来てくれた観客は自分の舞台を見るのが初めてかもしれない。生涯たった1度しか見てくれないかもしれないが、それならなおのこと楽しんでもらいたいし、手抜きはできない」という、プロの考えがあるからなのです。
 しかし、いざ登場となるとさっきまでの硬い表情はどこえやら、「ど〜も〜」と満面の笑みで登場して、演芸中も笑顔で役になりきって話しています。それは、来てくれた人に感謝の気持ちを込めての意味もあるでしょうが、決してそれだけではなく、きちんとした「お笑い理論」に基づいている行動なのです。

※1
もちろん、笑顔はあくまで「観客に演者の緊張を見せない手段」の1つであって、他の手段でリラックスした空気をつくれるなら、必ずしもだす必要はありません。
芸のスタイルによっては笑顔が邪魔になる場合もありますからね。

「笑顔で異性の心をがっちり掴もう」で述べましたが、初対面の人、尊敬する人や憧れの人、好きな異性の前などでは、「緊張して顔がこわばってしまい上手く話せなかった」という経験が誰でもあるでしょう。それは仕方のないことですが、人は相手の表情から「真意を感じとろう」という行動を無意識の内にしています。そのため、こちらが表情をこわばらせれば、相手もそれを察して気まずく思います。内心では悪く思っていないのに、表情が暗かったせいで誤解されることもあるわけです。
 演芸も同じで、いくら緊張しているからといって、漫才師が露骨に緊張した顔をだせば、その空気が観客にも伝わり、せっかくのネタを台無しにしてしまうのです。そのため、あえて笑顔をつくることで「気楽さ」、「安心感」を与え、ネタを面白く感じさせているのです。ボケるときは真顔で真剣さをだし、激しい突っ込みをするときは怒った表情をする。笑顔で演技しているときと雰囲気のギャップも生まれ、それがまた可笑しく感じるわけです。全体的に見れば、そういった表情の変化も、笑いをとるうえで重要になってきます。(※1)

 ただここで1つ注意点があります。それは「笑顔」がいきすぎて、「笑い」になっても問題がでてくるということです。バラエティー番組のフリートークや、私たちの日常会話では、笑いながら楽しく会話することは非常に重要で欠かせないことですが、演芸では必ずしも良いことではないのです!
 笑顔は、あくまで喜怒哀楽を表す顔の演技の1つであり、上手く使うことで笑いを誘う手段にはなりますが、度を過ぎて笑いながら演技してしまうと、ダラダラとした空気が流れ、演者の真剣さが感じられなくなってしまうのです。これは原則として、「演技を行っている当事者、又はそれに関わる身内の度を過ぎた笑いは、場を白けさせる」という効果があるからです。とくにネタをいった者が、聞いた者より先に笑ってはいけません。自分でいって自分で受けていては、周りは白けてしまうのです。(念のためにいっておきますが、あくまで演芸の場合であって、日常会話では必ずしも当てはまりません)

※2
演者の笑いがすべて良くないわけではありません。あくまで度を過ぎず、場面を考えての笑いなら、逆に笑いを誘う手段にもなります。
よくないのは「場面を考えないで笑ってしまうこと」です。

 そういったダラけた空気に慣れると「笑ってはいけない場面で笑ってしまう」という失敗も犯すことになります。演芸の面白さは、とぼけた役柄の人物が「馬鹿馬鹿しいことを本気でやっている光景」にあります。当然、それは演技でやっているわけですが、当の本人は真剣にその役柄に成りきって行動しています。観客もそのことは理解していますが、それを感じさせない、むしろ「この人は本当にそういう人なのでは?」と思わせる成りきりがあって、始めて演者の笑いの空間に感情移入できるわけです。
 しかし、仮にとぼけた役柄の人物が、笑いながら演じていたらどうでしょうか?自分で演じて自分で笑っていては、とぼけた行動をしているのを自分で認めていることになります。それは「演技でやっていますよ」と、観客に対して露骨にいっているのと同じことです。本人がいくら本気でやっているつもりでも、相手に「しょせん演技でやっているんだ」という白々しさを感じさせては、笑いは生まれないものです。
 これは、意外によくある失敗だったりします。(^_^;) とくに何十年とやっているベテランになると、演技することにも余裕がでてきて、慣れたネタを軽くこなしていると、つい場面を考えず笑ってしまうことがあります。(※2)しかし、あくまで自分よりも観客を楽しませるために演じるのですから、適度な緊張感を持って、決して自己満足の芸に終わらないようにしたいものですね。

 

言葉のスピードを考えて雰囲気づくりをする!

 普段、言葉のスピードを意識して話している人は少ないと思いますが、演芸ではある程度意識する必要があります。言葉のスピードは表現方法の1つであり、とくに観客との一体化を図るには、考えるべき要素です。なぜなら、言葉のスピードの組み合わせによって、演芸全体のイメージも変化していくからです。

 漫才は、日常会話と比べてみた場合「言葉のスピードが速い」イメージがあると思います。実際に速くすることで、テンポを良くし、活気をだせる利点があるため、漫才師のしゃべりは速いことが多いのです。まぁ、もともと演芸は「決められた短い時間内に、多くの内容を詰め込まなければいけなかったため、必然的に速くする必要があった」のですが、どちらにしろ結果的には良い効果が得られています。
 ただ、それもあくまで程度問題で、速すぎて内容を理解するまでの余裕がなくてもいけません。どんなに面白いネタでも、意味が充分に伝わらなければ面白くは感じないからです。よくある失敗は、「スピードを速くしよう」と意識しすぎるあまり、どんな状況でも怒涛の勢いで話を進めてしまうことです。観客は「漫才師が言葉を発する際には面白いことをいう」と知ったうえで聞いているため、「面白いことをいったら笑うぞ」と、無意識のうちに心の準備をしています。
 しかし、スピードが速く聞きとりづらくなってくると「あれ!?今、何ていったの?」という余計な気持ちがでてきます。しかもその整理が終わらない内に、肝心のネタはどんどん進んでいき、「結局さっきのは何だったんだ?」という疑問を抱いたまま、次の話を聞かなければいけなくなります。それが続くと疑問ばかりが溜まり、楽しめなくなってしまうのです。
 また、言葉のスピードが速いと、話の区切りで大した間も空かなくなるため、お客の笑える時間も少なくなります。話の区切りには大抵オチがあり、観客にとっては1番笑える箇所です。それがいざ「たくさん笑うぞ!」と思った矢先に話が変わってしまったら、笑うことを途中で止め、次の話を聞く体勢に入らなければいけません。当然、思う存分笑えなければ、不満を感じるようになります。そのため、どんなにスピードを速くしても、話の区切りでは必ずある程度の間をあけ、お客が存分に笑える時間をつくってあげることも必要なのです!(重要!)

「実際に間の重要性を検証する!」で、「間は、世間でいわれているほど重要ではない」ということを述べました。そのことに違いはありませんが、あくまで程度問題です。考えてみれば分かりますが、日常会話では相手が笑い始めた途端に話を変える人はいないでしょう。無意識に間をあけ、相手がある程度笑い終わってから、ゆっくりと次の話を始めるはずです。
 しかし、演芸で行うのは演技の会話なため、「良い演技をしよう」と意気込むあまり、普段ではありえない「間をあけずに話してしまう」ことが起こりうるのです。いくら「間を意識しなくてもいい」といっても、必要最低限の間もないようでは、さすがに問題があります。内容を把握するのに苦労し、さらに笑う時間まで削られては、観客は楽しむどころかストレスを感じてしまうのです。
 このように、演芸では良かれと思ってした行動でも、裏目にでてしまうことがよくあります。こちらが「笑わせる話」をしたなら、同時に「相手が笑える時間」もつくってあげなければいけません。そういった相手への配慮が上手な会話の基本であり、それが大きな笑いを生むことになるのです。(^_^)

 では逆に、言葉のスピードが遅い場合はどうでしょうか?(漫才は基本的に言葉のスピードが速いため、普通に話していても遅めに感じますが…)
 多少聞きとりにくい箇所があっても、全体の流れが緩かなのでゆっくり話を整理でき、内容が不明なことによるイライラ感は少なくなります。ただこれも程度問題で、あまりに遅いと進行自体も遅くなるため、それに対してストレスを感じることになります。ダラダラとした感じを受け、端切れのいいテンポを損なう恐れもあるため、遅すぎてもいけません。このへんは一長一短であります。少し速いくらいが普通ですが、遅いからといって内容の面白さが損なわれるわけではありません。フリートークを考えれば分かりますが、ゆっくりと話す人も多いですが、話は充分に面白いのです。

 

役の意味を考えて不自然さをなくす!

 演技は、当然のことながら「自然さ」をだすのが最重要課題です。そのために、次の2点に注意しましょう。


 1. セリフを棒読みでいわない

 当前といえば当前ですが、実際のところ棒読みとまではいかなくても、それに近い漫才コンビもいて「なんで受けないんだろう?」と悩んでいたりします。決してネタ自体は悪くないのに、それを演じきっていないために、ネタの良さが伝わっていないのです。これは、非常にもったいないと思います。

 棒読みがいけない理由に、単純に「演技として成り立っていない」ことが挙げられます。ドラマの役者もそうですが、下手な演技では視聴者は感動するどころか、逆に白けてしまうでしょう。つまり、わざとやっているという表現方法が、却って仇になっているわけです。演芸も同じで、見る者に「わざとらしさ」を感じさせてはいけないのです。
 世間では、上手い漫才師ほど「あなたたちは気楽に馬鹿なことをいってお金を貰えるんだからいいわねぇ〜」と、冗談まじりの皮肉をいわれます。しかし、そういわれることは喜ぶべきことなのです。それは、「演技ではなく本気で馬鹿なことをいっている」と、感じさせる芸ができている証拠だからです!これが下手な演技だと、「なんか大変そうだったけど大丈夫なの?もっとしっかりしなさいよ!」などと、いわれます。観客に芸の心配をされるようでは、まだまだなのです。


 2. 役ごとの演じ方を考える

 漫才にはボケ役、ツッコミ役があります。当然、それぞれの仕事に応じた演技をしなくてはいけないのですが、その際に注意する点があります。

 ・ボケ役
 最低限、守ることがあります。それは、「ボケを認めるような行動をしてはいけない」ということです。ボケ役は、「本気で馬鹿なことをいっている」と思わせるところに面白味があります。しかし、自らボケを認めるような行動をしてしまうと、間接的に「自分は真人間だ」といっていることになります。せっかく馬鹿な人間を演じているのに、それを自ら否定してしまっては、意味がありません。
 例えば、「変な機械ばかり作っている博士(ボケ役)と、それに対して、色々と突っ込みを入れる助手の真面目な青年(ツッコミ役)の絡みネタ」があったとします。ここでは、「博士が真面目に変な機械をつくる」ことが面白いのですが、仮に博士が「私は変な機械ばかり発明してるからねぇ〜」と、いったらどうでしょう?自分で自分の発明は変なものと認めているわけですから、まったく面白味がなくなってしまいます。
 要するに、ボケ役が自分でボケていることを認めては、つまらない以前に、そもそもボケている意味がないのです。とくにアドリブを使うと、こういった予定外の言葉が、ついでてしまうことがあるので注意しましょう。

 ・ツッコミ役
 演芸中、ツッコミ役は様々な反応をする必要があります。例えば、相手のボケに対して「えっ、うっそー!そうなん?」など驚いたりする行為です。この場合も「さも、初めて聞いたように反応する」といった演技力が必要になります。(ただ変に意識すると、演技演技しすぎて逆効果になるので、注意しましょう)
 また「自然に突っ込む」ことも大事です。突っ込みの言葉の定番には、「そんなわけねーだろ!」「お前アホか!」などがありますが、仮に毎回この突っ込みばかりだったらどうでしょう?単純に考えても、言葉の変化がなく、あきらかに不自然です。ワンパターンな突っ込みは、見る者に露骨な不自然さ、違和感を与え、演技さを強調させてしまいます。そのため、弱かったり、激しかったり。また突っ込むだけでなく、ぼやいたり、時には肯定したりという、自然な変化が必要なのです。

 同じネタでも、たった一言のミスによって場の空気は左右され、それが笑いを生む大きな差となって表れます。お笑いネタは、内容の善し悪しはもちろん、それを「いかに上手く表現するか」も、同じくらい重要なのです!(^_^)

 

アドリブを使えれば会話の達人!

 演芸では、話の流れによってアドリブを入れることが多々あります。ただ当然のごとく、利点、欠点が存在するので、それらを意識する必要があります。

 [利点]

※1
通常はアドリブが混じっていても気付きにくいですが、セリフによっては「明らかにアドリブだ!」と分かるものがあり、その場合、心理的インパクトは強い。
---------------------
※2
往年の名番組『8時だよ!全員集合』は、生放送だけにトラブルも多かったですが、それを上手く笑いに変えていました。
例えば、突然の停電で真っ暗闇になっても、懐中電灯を使ったネタで笑いをとり、また舞台で火災が発生したときも、コントの内容を臨機応変に「火を消す」に変えていました。

 1番の利点は、演技さを消してくれるところでしょう。随所に組み込むことで、単純に台本通りのセリフと、アドリブの区別がつきにくくなります。それがうまい具合に混ざり合うと、単調ではない演技になってきます。アドリブは、ある種インパクトの強いもの(※1)なので、それを用いることにより幅のある演技をすることが可能になるわけです。

 他にも、公演中は何事もなく進行するとは限りません。
 ・話の流れが予定と変わってしまう。
 ・観客がネタにくい込んでくる。(声援や突っ込みをしてくるなど)
 ・演技中に、照明機器などのセットが故障する。

…など、予定外の出来事は意外に多く発生するものです。

 それでも何事もなかったように進行するのが、プロとして必要なことです。(※2) いやむしろ、そういったトラブルすらも笑いに変えていくのが理想といえます。それに大きく役立つのがアドリブなのです!

 [欠点]

 アドリブの欠点は、話の流れを悪くする危険があることです。台本通りの進行なら、受けが悪くても次の話は決まっているし、何度も演じた慣れたネタなので、フォローもさほど難しいことではないでしょう。
 しかし、アドリブはその場の状況で発言するものなので、ある意味、一か八か的な部分があります。そのため、受けなかった場合、フォローのためアドリブをいい、それが受けなかったらまたアドリブで…と、悪循環に陥る可能性もあるのです。
「受けなかったら台本通りに戻ればいい」と思うかもしれませんが、実際は毎回スムーズに戻れるとも限りません。仮に、強引に戻したとしても、そこで話の流れが一旦、途切れてしまうことに変わりはありません。

 また、その場のノリでいうことが多いため、「ボケ役が自分でボケを認めるような言葉」など、「絶対いってはいけないセリフ」を、ついいってしまう危険性もあります。ですから「この言葉はいっても大丈夫か?」と、発言前に必ず頭の中で確認をし、仮に失敗しても、パニック状態にならずに落ち着いて話を続けることが大切です。
 当然、観客の反応にも注意して下さい。周りを意識せず1人でつっ走ってしまうと、ボケがカラ回りするだけでなく、せっかくのいい雰囲気、盛り上がりも悪くしてしまいます。
 このときツッコミ役は、即座に状況を把握し、受けが良いときは怒涛のように突っ込みを入れ、逆に悪いときは突っ込みを入れつつも、自然と内容を移行するよう仕向けるのが大事です。ボケ役は意識しているとはいえ、つい周りの反応に気付くのが遅れがちになる場合があるので、絶えず場の状況をボケ役に伝えていかなければなりません。
 具体的な方法は、言葉の内容、勢い、口調、アイコンタクトなどですが、そこはいかにボケ役と息が合うかの見せどころでしょう。

 アドリブは多少の欠点があるとはいえ、それ以上の大きな利点があります。確かに、慣れるまでは難しいですが、それができるようになってくると、トーク技術も向上します。とくに、番組の司会には必須の技術です。欠点は経験や慣れによって解決できるものばかりなので、大きな笑いをとるためにも是非、修得したいですね。(^_^)

 

お客のニーズに答えるのがプロだ!

 舞台では、お客との一体化が非常に重要なことです。いうまでもなく演芸は人に見せるものなので、相手のことを考慮せず自分たちで満足しているだけでは、笑いをとることはできません。
 芸人は、人を笑わせるのが商売です。どんな商売でも、「お客がどんなものを求め、どんなものを望んでいるのか?」。そのニーズに答えてやっていかなければ、うまくいかないものです。仮に、芸人がお客のことをまったく無視し、ただ黙々と漫才をやっていたらどうか?両者の間には「見えない壁」ができ、当然、笑いも生まれないでしょう。
 これと似たような光景が、普段の人間関係にもよくあります。冗談をいったとき、それが親しい人であれば自然と笑いがでるのに対し、接っしづらい人、又は嫌いな人では、苦笑いが精一杯ではないでしょうか。笑いは、常に人と人とが絡んできます。そのため、互いのコミュニケーションが上手くいっていない状態では、笑いは生まれにくいものなのです。
 「プロの芸」を目指すためにも、最低限、次の3つを意識しましょう。

 第一に、[客層を考える]

 仮にお年寄りの集まる場で、若者にしか理解できない話をしても場は静まるだけです。場に応じて客層は違うため、状況に合わせたネタを選ぶのが、1番お客を喜ばせることができる方法です。もちろん、フリートークなどで反応が良くない場合は、臨機応変に話題を変えていく必要があります。

 第二に、[常に新しいネタを提供する]

 とくにベテラン芸人に多いですが、彼らは下手に売れた時期があるせいか、過去の栄光にしがみついて、いつまでも同じネタをやっています。それでは、お客は飽きてしまいます。同じことをやるのはかまわないのですが、新しいものがあって、はじめて昔のものが輝くのです。「お客は、一体何を求めているのか?」。それを知るのもプロの仕事でしょう。

 第三に、[縮こまった動作をしない]

※1
『ものまね番組』が良い例で、毎回高視聴率を獲得している。本人の特徴を大袈裟に表現して面白味をだす手法は、漫才のツッコミに通じる点がある。ただ、あくまでネタの質がしっかりしてこそのパフォーマンスなので、それだけに頼らないよう注意したい。

 演芸では、ネタをより面白くするために「体の動き(パフォーマンス)」を加えることがあります。綺麗な動き、奇抜な動き、はたまた何かの物真似など。それらの動作は、ぱっと見て分かりやすく、単純に面白いからです。(※1)
 しかし、ただやるだけだったら、別にわざわざ大きな会場でやる必要もありません。プロの演芸たるゆえんは、お客に見せるところにあります。とくに大きな会場では、縮こまった動作ではお客全員に面白さは伝わりません。コントはとくにそうですが、今まで以上の大きな舞台で演じる際には、それまでと同じやり方では迫力のないものにしかなりません。アイドル歌手のコンサートを見れば分かるように、あれだけ大きな会場を所狭しと走り回り、歌って踊って観衆を魅了しています。そうすることで、大迫力で最高のライブを、全員に味わってもらえることができるわけです。

 常に新しいネタを提供しつつも、内容の選別や場に応じた変化にも気を遣う。そして、全体的に迫力のあるライブを見せる。そういった1つ1つのニーズに答えていくのがプロの仕事であり、それにはそれだけの演技力・表現力も必要になってくるのです。


                                     Home


アバウトプロフィールサイトマップリンク